門  島
 中部電力泰阜(やすおか)発電所&泰阜ダムの最寄り駅です。ダムは駅の北側にあり、ホームの先にあるサージタンクは列車撮影の名所になっています。かつては木造平屋の駅舎がありましたが現在は取り壊されて変わりにホーム上に大きめの待合室が作られています。
左上 ここに木造平屋の駅舎がありました。

右上 駅舎裏にあったトイレは現在も残っています。

左下 新たにホーム上に作られた待合室。密閉型で少し
    大きめです。
泰阜ダムと三六水害

 脱ダム宣言に揺れる長野県政、この泰阜ダムもまさに長野県のダムなわけですね。発電用のダムで、門島駅から出て左側の車窓にダムがちらっと見えます。その後飯田線はトンネルに入り、トンネルを抜けると遙か眼下にあった天竜川の水面がすぐ左に迫っているのに気が付くでしょう。これがダムによる水面の変化です。

 さて、ダムを造ると必ずついて回るのが川底の上昇問題です。元々川が海まで運んでいた砂がダムでせき止められるため沈殿し川底を上昇させるのです。もちろんダムそのものもだんだん埋まって貯水能力を失ってきます。
 温田駅で見た山の中にはいかにも不似合いな大きな斜張橋も、川底の上昇に伴い付け替えられた橋です。天竜峡も大部分が埋まり多くの名所が失われました。

 昭和36年6月に天竜峡から川路一帯を水没させた通称「三六水害」と呼ばれる大洪水がありました。
ダムの影響で川底が上昇した天竜川が、川幅の急に狭くなる天竜峡の部分でせき止められる形となり、川路の平野部にあふれたのです。現地の人に当時の話を聞いたところ、天竜峡駅のそばに掛かる姑射橋の橋面まで水面が上昇したという事でした。
現在は営業していない天竜峡駅前の「ホテルしぶき」の川に面した側にそのときの水位を示す碑があります。
 川路一帯は屋根の上まで水没し、その後の治水計画による造成工事により飯田線の付け替えと川路駅の移転が行われました