小 和 田
  皇太子殿下御成婚の時に、同じ漢字表記だとしてにわかに話題になった駅ですが、読み方は「おわだ」ではなく「こわだ」です。
鉄道ファンの間では、「駅に車で行けない秘境の駅」として以前から有名でした。
 昔は列車の上下行き違いが出来た大きな駅ですが、周辺に民家が1軒しかなく、自動車道が全く通じていません。
このような利用者が極端に少ない駅が存在するのは、佐久間ダムにより周囲にあった村落が水没したためです。
 長野・愛知・静岡の3県に境界に当たる駅としても有名で、ホームに大きな案内板も出ています。
 下りホームから、豊橋方面を望む。反対ホームに上り列車が入っています。ホームより一段低い位置に木造の駅舎があります。
 この登り側のホームの線路が撤去され、単線化しました。
 駅舎正面。スタンプがこの情景で作られているのがわかりますね。ブームの時にはこの駅名の入った切符が爆発的に売れたそうです。
 ブームの時に急遽作られたスタンプで、小和田駅が無人なので2駅隣の水窪に常設されていました。水窪も無人化した今はどうなっているのかな??
 国鉄時代からあるスタンプと違い、二重枠になった部分がなく、このようデザインのものは、比較的近年に作られたものが多いです。
 ブームというのは実に恐ろしいもので、このような周囲に何もない駅に列車が着くたびに50人前後の人が乗り降りしていました。当時は駅の所在する水窪町が臨時に嘱託の駅長を起き、記念撮影などのサービスをしていました。
 駅の周囲も整備され、屋根付きの東屋には「愛の椅子」がおかれ、皇太子御成婚当日には、それにあわせ駅の下に作られた施設で、十二単の結婚式が行われました。
 その後、すぐにブームが去り、駅に降り立つ人もごく一部の鉄道ファンと保線関係者だけになりました。駅舎脇にあったジュースの自販機も使用不能となり、駅周辺の施設もだんだん荒れてきました。
 
 ホームにある三県境界の案内板です。
 地図上の(実際の)県境はホーム上ではなく駅から中井侍方向に離れています。
 最近この看板も崩壊し始めました。

左上 駅から駅の下を望む。暗くて見え辛いですが、画面左中央にあるのが愛の椅子がある東屋です。
右上 結婚式が行われた施設で、ミュージックフェスティバルという名前です。現在は跡かもなく更地になっています。
左下 結婚式当日に運行された臨時列車のヘッドマークです。今は駅舎のホーム側入り口に飾ってあります。
中下 結婚式を挙げたカップルの写真ですね。駅舎の中に飾ってあります。このカップルが現在の荒れた駅を見たら
    なんと思うんだろう。
右下 稼動していた頃の自販機です。中身の補充はジュースの台車を列車で持ってきていました。
川を挟んで対岸の県道1号から小和田を望む
 県道から望遠で撮影しました。自動車が駅に接近できる最短距離です。左の青の矢印が駅舎。右の赤の矢印がミュージックフェスティバルです。
 白い建物は保線関係の倉庫や詰め所です。

 この写真の左方向に少し行くと、駅周辺唯一の民家「宮下家」があります。
 先ほどの駅を撮影した場所から少し進むと、こんな物がありました。宮下家所有のリフトで、川を跨いで県道1号と宮下家を結んでいます。ブーム時のミュージックフェスティバルなどの建設資材はこのリフトで搬入したそうです。
 ミュージックフェスティバル壊滅!

 平成17年夏に行ったら、建物が根こそぎ解体されていました。
また駅舎にあったカード式公衆電話も撤去されていました。携帯の電波はもちろん通じないので、外界への連絡手段がありません。もし駅寝などすることがあれば、それ相当の準備と覚悟が必要ですね。
  小和田駅交換設備撤去!

 平成20年ついに駅舎と反対側の上りのホームから線路が撤去され、列車交換が出来なくなりました。
駅近傍唯一の民家である宮下さんも高齢で小和田を離れるとの噂もあり、小和田駅そのものの存続も危ぶまれています。

 これが2009年GWの状態です。ホーム上の待合いが無くなり、反対側ホームに渡る通路のコンクリートが撤去され、ついに線路まで撤去されました。これでこの駅の交換機能が無くなり、交換施設として存続すると言う道もなくなりました。ただ1軒残る林業の宮下さんが引っ越すとの噂があり、そうなった場合、利用者のいなくなった駅自体が廃止されるのではないかと心配されています。

 廃止されるのでは・・・?心配されているのに、駅舎自体はあちこち補修されています。JR当局の存続の意思の表れなのか??

 これは駅舎出入り口の屋根の支え。この他に駅舎そのものの裏側には鉄製のつっかえ棒が付けられました。